おっさん、映画を見る

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“忘れてはいけない”青春の鮮やかさ 『君の名は』レビュー

こんにちは、おっさんです。

本日は新海誠監督の最新作、『君の名は。』のレビューをしていきます。 本当は別作品を先に見たんですが、まずはこちらを、という思いが止められませんでした。

過去記事でちょこっと予想していましたが、案の定興行収入も振るっているようですね。

ossan-movie.hatenablog.com

僕が行った回も完全に満席状態。どんな大作でも案外空席があったりするものですがこれはすごい。

で、僕もさっそく記事を……と思ったのですが、Machinakaさんがパンフレット買うべきだ、とおっしゃっている。

machinaka.hatenablog.com

そこでちょっと作業を中断して、パンフレットを購入、熟読する時間を作ってみました。 本稿でもここで得られた情報を盛り込んで、さらに大和言葉や組み紐、関連しそうな神話など調べてリライトしていたら、こんなに日数がたっていました。あちゃ~。

冒頭で触れた別作品についてはあらためてとりあげていきたいとおもいます。新作も多いので予定は未定ですが。 さて、まいりましょう。

男女が入れ替わる? 『君の名は。』はどんな作品なのか。

まずはこのPVを見てください。


「君の名は。」予告

1200年ぶりという彗星の接近が1か月後に迫ったある日、山奥の湖を囲む糸守町に暮らす女子高生の三葉は、自分が東京の男子高校生になった夢を見る。日頃から東京に憧れを抱いていた三葉は、夢の中で念願だった東京を満喫する。一方、東京で暮らす男子高校生の瀧も、行ったこともない山奥の町で自分が女子高生になっている奇妙な夢を見ていた。 繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている記憶と時間。何度も入れ替わる身体とその生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止めてゆく瀧と三葉。残されたお互いのメモを通じ、時にケンカし、時に相手の人生を楽しみながら状況を乗り切っていく。

君の名は。 - Wikipedia

男女の入れ替わり。混乱する日常。 相手を探ろうとする純粋な好奇心。 ちょっと身体を触ってみようかな、という男の子の素直な気持ち

これですよ、シンプルに絶対見たくなる。

  • なんで入れ替わったのか。
  • どうすれば戻れるのか。
  • そして何より、入れ替わった相手はどんな人なのか。

入れ替わるという強烈な体験をすれば、必然相手のことが気になって仕方なくなる。 だからそれを知ろうと奔走するし、そのために困難をどうしても乗り越えたくなる。

本作はそうした数奇な体験をした二人、立花 瀧(たちばな たき)と宮水 三葉(みやみず みつは)の、甘酸っぱい青春をSF要素満点の舞台で描く大作です。

新海節というより細田節? 無鉄砲な若さと才能が奇跡を起こす話

新海誠監督といえば『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』といった、ちょっと切ない恋愛を主軸に、少しだけSF的な要素を絡めたクオリティの高いアニメーションを作り上げる監督です。

本作でもそうした要素が満点、シナリオの中心はもう新海節全開で、とにかく感動させる、という制作陣の情念が見て取れるような、一見するとそういう青春グラフィティなのです。

が、SF的な要素が視聴者に明らかになるとトーンが一転、突然物語は流転し、キャラクタたちは事態回避のために駆けずり回り、傷ついて、それでも奇跡を成し遂げます。

こうした展開は別監督作品なのですが、細田守監督の『サマーウォーズ』を思わせる無鉄砲さ。

一見かみ合わない二つの流れをきれいにまとめるシナリオは今年のアニメでも出色といっていい出来でした。

会場を出るとき、そこらじゅうでボロボロ泣いている人たち大勢。 それほど心を打つ、青春の奇跡の話です。

言の葉の庭 Memories of Cinema

言の葉の庭 Memories of Cinema

小野小町の歌と『とりかへばや物語

パンフレットによれば、小野小町の歌「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」が本物語の原点だとか。

この歌は、小野小町の詠んだ歌です。好きな人を思い続けていたらなんとその人が夢の中目の前に現れた!だけれども目を覚まして、それが夢だったときのがっかり感という誰しもが経験したことがあろう恋の気持ちを歌ったものです。

『思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』の現代語訳と解説 / 中学国語 by 走るメロス |マナペディア|

夢の中で好きな人とである喜びと、目が覚めて忘れていく悲しさが素直に表現された小町らしい恋の句です。

また『とりかえばや物語』も意識していたらしく、こちらは男女が入れ替わって生活することを余儀なくされる、本作のようなSF的トランスセクシャルとはまた違うのですが、そうした発想の原点ともいえる作品です。

これが「邯鄲の夢」や「胡蝶の夢」じゃなくてよかった。 特に後者については、映画を見ながら常にドキドキしていました。自分の真実を知ってしまった三葉が夢から覚めた時、実は瀧も三葉の夢で生きていた存在で二人とも黄昏の中に消えてしまう。 そんな可能性まであるんじゃないかと。

SF作品としては

夢の中での異性も、トランスセクシャルも、SFとしては比較的使い古されてきたネタです。 また、いろいろと細かい設定については言及がされていないことも多く、そういう意味ではSF作品としてはそれほどの凄みはありません。

ただ舞台の仕掛け、例えば1200年周期の彗星の存在やおそらくその時に誕生した湖、さらに古いかもしれないクレーターとその中心の本山。 そしてそういう夢の怪異に出会いやすい宮水の家系の女たちと、彼女たちの半分ともされる口嚙み酒の伝統。

想像力を働かせると、過去にもきっと同じような事件が、それもおそらくは悲恋があり、それが儀式やご神体の位置に現れているのだと思うのです。はたして1200年前にはどんな事件があったのか。

眉五郎の大火は実に貴重な資料を喪わせたんだろうな……実に惜しいことをした……

大事な要素である「組み紐」と「名前」

本作の大事なガジェットが「組み紐」です。 これはヒロインである宮水三葉が住んでいる糸守地域の伝統で、多数の色糸を撚り合わせたものですが、これが「結び」という言葉の象徴として出てきます。

日本には仏教の伝来により、仏具、経典、巻物の付属品の飾り紐として渡来した。奈良時代には細い色糸による組み帯などの男女の礼服として普及、鎌倉時代には武具の一部、安土桃山時代には茶道具の飾り紐として使われた。この時代には、豊臣秀吉が美術工芸を奨励したことから組み紐を職業とする者が現れた。現在でも伊賀などでは伝統的に、組み紐業が盛んである。

組み紐 - Wikipedia

ということで、仏教の神具につらなるものだった模様。きれいな飾り紐だとばかり思っていましたが、ちょっと意外です。 なるほど、いろいろな糸をより合わせるという行為も、こうしてみるとなにか神聖な行為に見えてきますよね。うまい描き方だったと思います。

「結び」について

作中、「結び」という単語が繰り返し使われています。

人と人とのつながり、時の連なり、組み挙げられた紐……

色々な物の間にある、切っても切れない関係性を「結び」と表現している、と考えればいいでしょうか。

本作の主人公二人の間には、お互いの身体が入れ替わる、という関係性=「結び」が存在します。 そして「結び」は時として奇跡を起こすのです。

黄昏時の三つの用例

  • 誰そ彼どき
  • 彼は誰どき
  • かたわれどき

いずれも黄昏時の別表記として作中で紹介されます。

夕暮れ時は薄暗く、ふとした拍子に相手が誰だかわからなくなる。だからあなたは誰ですか、というのが「誰そ彼どき」(たそがれどき)あるいは、「彼は誰どき」(かわたれどき)です。

最後の「かたわれどき」は、この時間帯を指す糸守の方言とのこと。多分大和言葉ではこの用法を使うことはないと思いますので、多分作中のオリジナル設定。

分たれた二人のうちの一方、それが自分のことか相手のことかはわかりませんが、一方を思うということは、もう一方にも思いを馳せることであり、「彼は誰どき」の別用法といえるでしょう。

これを大和言葉で言えますか? (青春文庫)

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わかたれた二人を結びつける奇跡

本項は重大なネタバレを含みます。











さて、本作の主人公兼ヒロインである三葉ですが、物語開始時点ですでに故人であることが物語中盤で発覚します。

瀧の視点では、三葉が度々日記に書いていた彗星の到来はすでに三年前のこと。 三葉はその彗星の核が落下した悲劇で、すでに死亡している、という衝撃の事実が瀧を襲うのです。

これ実は予告の段階でおかしいな、と思っていたんですよね。瀧は彗星が降ったといい、三葉はそれが降る所を見ている。よく考えると時制が一致していない。

で、劇場でOPを見た瞬間、確信しました。あ、これ多分時間軸が違うぞ、と。制服の瀧と、どう見ても大人になっている三葉が連続しているシーンがあり、となると三葉のほうが年上な、時間を超えた入れ替わりの話なんだろうな、って作りになっているんですよね、OP。 ……まさか死んでいるとは思っていませんでしたけど。

ですので、瀧と三葉が「きちんと」出会うためには、過去を変えて三葉を救う必要が出てくる。 つまりこれが、「結び」の力で達成しなければいけない奇跡なのです。

なお、達成方法は、なんというかエロい…wとだけ書いておきます。

作品世界を彩る珠玉の音楽

とにかくRADWIMPSの音楽がすごくマッチしていて、もうテンション上がること上がること。 上の予告編見てください。音楽が盛り上がるにつれてシーンの切り替えが早くなり、 「「入れ替わってる!?」」 からのサビ突入。そしてかぶさる「音楽 RADWIMPS」の文字。

こういうの、すごく気持ちいいんです。 音の切り替えとシーンの切り替えの一体感。

本作は全編こうした気持ちよさにあふれていて、見ると幸せな気分も切ない気分も、すべてを音楽が引きたててくれました。

主演の二人の好演

で、実は視聴前に唯一の不安だったことがここです。

ゴーストバスターズ』でもそうだったのですが、俳優やタレントのアテレコって映画にとってマイナスなことが多いと思うんです。

主人公立花 瀧を演じるのは神木隆之介さん。

最近では宮藤官九郎監督の「TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ」で主人公を好演というか怪演したことで記憶に新しい。演技力あふれる若手スターの印象で、本人がオタク気質を公言しているだけにもしかすると上手くアジャストしてくるかなぁ、と思っていましたが、もう想像以上に瀧でした。いや、御見それしました。

そしてヒロイン兼もう一人の主人公、宮水 三葉は上白石萌音さん。

ごめんなさい、存じ上げませんでした。 調べてみると『おおかみこどもの雨と雪』に出演している。まったく認識しておりませんでした。 こういうパターン、正直空振りも多くなるので怖かったのですが。。。

もう一度謝ります。すいません。 すごく三葉だったと思います。本作は入れ替わりがテーマなので、三葉の中に瀧がいる、というシーンが多々あるため、三葉の声で瀧を演じる、という必要もあったのですが、なんかすごく自然にこなせてる印象。 ちょっと朴訥かなぁとも思うのですが、三葉がそもそも田舎の巫女さんなのでそれがいいというか。 なんかちょっとデビュー当時の中島愛さんのような感じ。

とにかく二人とも全然違和感なく、不安は杞憂に終わりまして、とにかく素晴らしかったです。

総評

これはもう、見るべき、です。それ以上のコメントは必要ありません。 そして、泣けばいいさ!

細かいところはガバガバなんだけどね。衛星天体の軌道とか湖から流れ出る川がないからいずれ塩分過多で魚死滅するよとか。まあ本作の論点はそこではない、のである。

なんか今年、こういう良作本当に多くなってきて、映画好きとしてはすごくうれしく、そして必ず来るであろう空白の期間への恐怖がいやおうなしに高まってきています……