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おっさん、映画を見る

広告業界で働くITエンジニアなおっさんが、映画について語っていくブログ(ネタバレもあり)

原作ファンに言っておきたい、たった1つのこと。これは原作とはまるで別物だ。 『聖の青春』レビュー

こんにちは、おっさんです。

さて、本日書く作品なのですが、実は制作発表依頼、ずっと「今年一番観に行きたい」とおもっていた映画なのです。

ところが実際に観てみると、自分が求めていたものとズレが有る。作品としての善し悪しではなく原作を映画化するにあたって表現したいポイント、テーマといったものが、観たかったものと違っている。そんな状況でブログに整理するのに少し時間がかかってしまいました。

そんなわけで、本日は『聖の青春』のレビューになります。

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原作ファンに言っておきたい、たった1つのこと。

一人の原作ファンとして、本作を観た感想は色々と複雑なのですが、散々考えてみた末ある結論にいきつきました。 もし、これから観に行こうという原作ファンがいるのであれば、たった一つ、それだけは伝えておきたいな、と。

本作は小説『聖の青春』の映画化ではありません。

もう、テーマからして違います。ですので僕のように、もう読むたびに泣くほどの原作のファンで、原作通りの師弟愛、村山聖という棋士の死生観をつぶさに描いた映画を見て泣きたい、という人がいるのであれば、別物だと認識して意識をリセットしてから見に行くことをおすすめします。

もちろん、小説を映画にする上で、尺の都合でエピソードを増減したり、登場人物の役割を重ねてキャストを削ったりというのはよくある話なのです。なので、そういう部分を細く突っ込もうとは思いません。それは映画を作る上でのテクニックであり、小説と映画の違いで同しようもない部分です。逆に言えば、それを上手にこなして、原作ファンにも納得されるような作品をつくることが制作陣の腕の見せ所でもあるわけです。 本作でいえば、原作において実在の複数の棋士のエピソードを架空のある棋士にまとめてみたり等の処理がなされており、映画の観客にうまく伝わるように出来ている。まあ上手くやった、といえるクオリティではあります。

が、テーマそれ自体をかえてくるとは正直思っていなかったなぁ。

小説版のテーマは師弟愛であり、その師弟関係や周りの人物との関わりから浮き彫りになる村山聖という一人の夭折した棋士の人生観だと思っています。

一方で本作、映画版では、それが「羽生善治」という”もうひとりの天才”との友愛と、彼を通して将棋の深淵を覗こうとする村山の将棋観がテーマになります(少なくとも僕にはそう見えました)。

これはもう究極好みの問題なのかもしれませんし、映画を産業として観た場合には、後者のほうが一般に理解されやすいのかもしれません。けどなあ、だったらタイトルかえてほしかったなぁ、と、いち原作ファンとして思うわけです。せめてサブタイトルにしてくれれば納得いったんだけどなあ、と。

とはいえ、映画としての出来だけで言うなら、十分に水準以上であるのは間違いないんですけどね。複雑です。なんか、洋画の公開にあたって、自分の感覚とちょっとずれた邦題をつけられちゃったとき。あのときの気持なのですよね。

小説『聖の青春』について

本作の”原作”である『聖の青春』ですが、将棋棋士村山聖を題材として、日本将棋連盟に就職後に将棋雑誌の編集に携わっていた大崎善生氏のノンフィクション小説になります。

大崎の友人が育てていたノンフィクション・ライターが病気で急逝し、その物語の書き手にフィットする人が見つからず、その友人が漏らした「大崎さんが書いてくれるとええんやけどなあ」の一言が転機となり、当時日本将棋連盟出版部に勤めていた大崎が執筆を引き受けた。

聖の青春 - Wikipedia

などという話もありますが、結果としてみれば村山と、そして彼の師匠であった森と親しく交流していた大崎による筆は、あたたかく、そして優しい村山の周りの人間関係と、彼らがどれだけ村山聖という棋士を愛していたのか、ということをあますことなく伝えており、大成功だったといえると思います。

小説版は村山の幼少期の出来事から始まり、闘病生活、奨励会入品、そしてプロ生活から彼の死までを描いています。そのすべての時代で、村山聖という人物がどういう人間であったのか、どれほど愛されていたのかを、可能な限り資料に則って書いており、村山自身を含めて破天荒な登場人物(将棋好きならご存知だと思うのですが、あの世界に常識人はいません。たったの一人もいません。これは断言していい)たちのエピソードが満載された、まさに「読むべき一冊」になっています。

個人的な感覚で言えば、そのテーマは村山と森の師弟愛であり、周りの人からどれほど愛されていたかを記すことで村山聖という棋士のシルエットを削り取ろうという取り組みであったと思います。

本作、映画『聖の青春』について

映画では、棋士になってからの村山聖が描かれます。物語は桜の見える、そして目の前に公園があり子どもの声が響く小さなアパートの周辺から始まります。そこは当時村山聖が住んでいたアパート(現存しており、ファンが未だに訪れることもあるそうです)です。

回想をのぞいて幼少期の村山は登場しません。棋士として生活し、対局し、そして病気に苦しむ村山が描かれます。

どんな病気なのか、どういう闘病生活なのか、そしてそれをどのように乗り越え棋士になったのかは描かれていません。したがって、その中で献身的といっていいほどの愛情を注いだ師、森信雄との師弟愛も最低限の理解者というだけの立ち位置として描かれてます。

かわりに強調されていたのが、同世代であり、世の中の話題を席巻した「羽生善治」という棋士への想いです。

友人である荒崎(架空の人物。棋士。エピソードのモデルは先崎学に一部佐藤康光)からの勝利はただの1勝だが、羽生からの勝利は20勝の価値がある、といってはばからないほどに羽生に、そして将棋に執着する人物として村山を描いています。

その執着の描き方は実に見事で、物語中盤と終盤の2回の村山・羽生戦は、将棋の実際の対局時、特に上位棋士やライバル棋士同士の対局時に感じられる痛いほどの緊張感をはらんだ空気感がよく出ている珠玉のシーンになっています。ストーリーには文句あったけど対局シーンは本当息を呑んで観てました、僕。

小説版と映画版との違いについて

このように、小説版と映画版ではまったく別物と言っていいほどの違いがあります。代表的なものをいくつか書いていきます。

  • 幼少期のエピソードが回想以外は全オミット

    • 尺の都合で納得はしますが、村山聖といいう人格がどうして出来上がったのかを視聴者に伝える機会をなくしたとも思えます。
  • 師弟愛が最低限の表現になっている

    • 本当にエピソードの多い師弟。村山は、森が師匠でなければプロになれなかったと語っているほど。
  • 森一門をおそったある災害を完全に排除

    • ネタバレ防止のため書きませんが、興味があれば「災害」の文字にマウスを当ててみてください。
    • 村山聖という人物の死生観をよく現している出来事だと思ったのですが……
  • 村山が人生をかけて倒したい相手が羽生善治になっている

    • 映画で村山を知った人が一番驚くポイントかもしれない。村山が棋士目指したきっかけであり、終生倒したかった棋士谷川浩司
    • ただし、羽生について特別視していたのは間違いなく、彼に敬意を抱いていたのは確からしい。
  • 村山と羽生は和服での対局は行っていない

    • 映画らしい「みせるための要素」。ただし指した将棋は実際にNHK杯でさされた二人の対局のもの。
    • 通常和服で将棋の対局を行うのは一部イベントをのぞけばタイトル戦だけなのですが、その時の相手は谷川浩司
  • 「水滴」の説明がない

    • 村山が病気に苦しむときになぜ水滴の音がするのか。
    • 個人的にはこれが一番理解に苦しんだ描写。説明しないならば描かなければいいのに
  • 村山と羽生が「お互いの見えている海」について語る居酒屋のシーン

    • 完全な創作
    • ここに関しては原作ファンは本気で怒っていい、というか俺は怒った

本作の見所はやはり対局シーンなのだろう

さて、ストーリーでもちょっとふれた対局シーン。

本当に鬼気迫る表情と、触れれば切れそうな緊張感にあふれていて、一体どうやって撮ったんだろうと思っていたのですが、初手から感想戦まで、本当の対局同様に可能な限り少ない人間だけを部屋に残して、長回しのワンシーンで撮った、と聞いてすごく驚きました。

主演の二人はそのため、まずは将棋を覚え、そして棋譜を覚え、手つきや所作を身に着け、一手一手に含まれる意味を教わり、演技を作った上で、さらに時間までもきちんとコントールして撮影したとのこと。秒に追われる真剣な表情、意図が読めない相手の着手への困惑、勝着・敗着への動揺などあらゆる感情を演技プランに組み込みながら、それでも長回しをするうちに演技の限界をむかえてしまい、その先の、自分自身の持ちえるものだけで撮影をのりきったといいうのですからすごいものです。

このあたりの話は、ニコ生で見ることができます。原作ファン、映画で好きになったファン、もっと言えば、映画を見ていないけど将棋ファンだという人にも観ていただきたい極めて興味深い映像です。

おわりに

うん、映画としては良作だと思うし、主演の二人も、脇を固める役者もすごくいい仕事をしたと思う。

そのための準備をどれだけ入念にやったのか、片手間ではなく、真剣に取り組んだこともわかる。ニコ生みててもそれは伝わってくる。

これはこれで、もう一度みたいな、とおもえるだけのパワーのある作品ではあるんだ。

でもね、テーマかえたらそれは『聖の青春』じゃないでしょ、と思う。これならタイトルかえなきゃ駄目だよ、製作さん……